両槻会(ふたつきかい)は、飛鳥が好きならどなたでも参加出来る隔月の定例会です。 手作りの講演会・勉強会・ウォーキングなどの企画満載です。参加者募集中♪



飛鳥咲読




第40回定例会
飛鳥ど真ん中を歩く!
と 
光の地上絵を作りましょう!

Vol.166(13.7.26.発行)~Vol.169(13.9.6.発行)に掲載





【1】 (13.7.26.発行 Vol.166に掲載)     風人

 今号から、第40回定例会に向けての咲読を始めます。お知らせが主な内容になるかも知れませんが、よろしくお願いします。担当は、風人です。

 明日香村では毎年9月中頃の連休に、恒例となりました「光の回廊」が行われます。村の方々や地域の団体が協力してカップロウソクを並べます。それぞれのオブジェを作り出し、村中がロウソクの仄かな灯に揺らめきます。夏の夜に行われる「奈良燈花会」などの流れを汲むイベントですね。「光の回廊」では村中が会場となるのですが、とりわけ大きな会場としては、高松塚歴史公園・石舞台公園・飛鳥京跡・川原寺跡、そして飛鳥資料館などがあります。両槻会は、この内の飛鳥資料館会場のサポートスタッフとして、数年前から協力をしています。

 皆さんご存知のように、飛鳥資料館の前庭は良く手入れされた綺麗なお庭です。石造物が点在し、中には古墳も移築されています。ここをステージとして、皆さんからいただいたアイデアや光の地上絵を出現させたいと思っています。あっ!両槻会では、ロウソクの明かりで描く絵柄を、「ナスカの地上絵」→「アスカの地上絵」→「光の地上絵」と呼んでいます。(笑)

 『日本書紀』には飛鳥寺の西、あるいは甘樫丘の東の川上などに須弥山を作り、都貸羅、多彌嶋、隼人、蝦夷、粛慎と呼ばれた人々や朝鮮半島の外国使節団を迎えて饗宴を開いたとの記事が有ります。飛鳥資料館前庭には、石神遺跡出土の石造物(レプリカ)が有りますので、仄かな篝火は、まさに飛鳥時代の宴を再現するようでもあります。「豊の明かりの節会」は平安時代の節会の一つですが、豊かな灯りに照らされ(今でいうと暗いのですが)、奇怪な石造物が炎に揺らめく幻想的な宴の様子をイメージすることが出来るかも知れませんね。スタッフが仮装して蝦夷になり切って、須弥石の周りで飲み食いをしているというのも良いかも知れません。(笑)
 もちろん、斉明天皇もご臨席です。(^^) 


須弥山石(光の回廊2012)

亀石(光の回廊2012)

 詳細な予定は両槻会だけでは決定できませんので、皆さんにすべてを公開するには、まだ時間が必要です。今暫く、お待ちいただくことになりますが、現在決定していることを書き記したいと思います。

 実施日は、9月14・15両日。カップロウソクの配置は16:00頃、点灯は18:00、消灯予定は21:00の予定になっています。飛鳥資料館前庭で灯されるロウソクは、一日3,000個が予定されています。サポートスタッフとして活躍してくださる方には、お弁当とお茶が準備されます。決定していることは以上ですが、何らかの特典があるかも知れません。

 飛鳥資料館会場では、一昨年からナイトミュージアムを開催しています。光の回廊が行われている間、館内も見学できるようになりました。そのナイトミュージアムの来館者サポートを両槻会が担当することになっています。様々な博物館・資料館で行われている解説員のようなものではありません。来館者に、楽しんで展示を見ていただくためのサポートをします。難しいことを、難しそうに話すようなことではありません。飛鳥が好きな皆さんが、ありのままの姿で話しかけてあげることで、展示品を見ていただくことに繋がればと思っています。また、当日は、飛鳥資料館第4回写真コンテストの応募写真が展示されています。写真展示にも誘導して、飛鳥の素晴らしい風景を見ていただければと思います。

 昨年は、スタッフも初めての体験だったのですが、恐る恐るの滑り出しながら来館者の反応が良かったので、最後は積極的に取り組めるようになりました。楽しかったのでと翌日も来てくださる方や、懐いてくれた子供さんまでいて、サポートをした充実感を味わうことが出来ました。

 皆さんにも、是非、このようなお手伝いをしていただければと思っています。どうぞ、よろしくお願い致します。

 申込みは、いつものように両槻会事務局宛てにメールにてお願いします。また「点灯まで手伝います。」「ナイトミュージアムサポートもしてみます。」など、どの程度の手伝いをいただけるか、書いてください。お申し込みを、お待ちしております。

 飛鳥資料館会場は他会場から離れているのですが、シャトルバスの発着基点になりますので、決して不便ではありません。見に来ていただくだけでも、是非♪






【2】 (13.8.9.発行 Vol.167に掲載)  風人

 第40回定例会は3部構成になっていますが(両槻会サイト予定ページ参照)、その第1部となる両槻会独自企画が出来上がりましたので、ご紹介します。

 第1部は、14日の午前10時35分から、光の回廊飛鳥資料館会場到着までとして、短いウォーキングを企画しました。距離的には短いのですが(約4km)、内容の濃いウォーキングにしたいと思います。名づけて「飛鳥ど真ん中を歩く!」です。ウォーキング1時間、案内2時間の時間配分にしていますので、飛鳥の中心地である真神原をじっくり見て行きたいと思います。今更ど真ん中!と思われる方も居られると思いますが、出来るだけ最新の発掘成果を踏まえた案内が出来るように心がけ、楽しいウォーキングにしたいと思っています。

 今回は、これまでの定例会とは違い、風人一人が案内をするのではなく、複数の案内人がそれぞれの視点で話を展開します。興味の方向性がまるで違うスタッフや、協力者の個性も楽しんでいただけるのではないでしょうか。

 コースの後半は、来年1月定例会(注)にも関連する遺跡が多く含まれます。予習にもなると思いますので、是非この機会にご参加ください。
 (注:来年1月の定例会は、明日香村教委の相原嘉之先生をお招きして「飛鳥寺西をめぐる諸問題」と題した講演会を開催します。)

 では、コースをご紹介します。
 飛鳥駅前広場に、10:35に集合した後、バスにて川原バス停まで行きます。

 川原寺跡が最初の案内ポイントになります。今までは、中門付近で説明をすることが多かったのですが、今回はこのポイントを担当する”もも”が寺域を感じられるような説明をしたいとの意向ですので、一味違った案内になるのではないでしょうか。
 次の案内ポイントは、橘寺です。寺域の東辺に関わる溝が、昨年検出されました。そのようなことも含めた案内になるかも知れません。橘寺では、休憩所を使って昼食を予定しています。また、食事を済ませた方は短い時間になりますが、境内の見学もしていただければと思います。橘寺は、引続き“もも”が担当します。

 午後からは、飛鳥宮跡の案内からスタートします。まずは、飛鳥浄御原宮の内郭を南門から北正殿まで順次所在地を指し示しながらの案内が出来ると思います。また、伝飛鳥板蓋宮跡とされている場所付近に移動して、重層する飛鳥宮跡を案内出来ればと思っています。宮跡は、風人が10分ずつ2つの場所で話をする予定です。

 次は、吉野川分水の側道を通って飛鳥京跡苑池遺構に向かいます。苑池復元に係る調査がここ数年続けて行われ、南池の全貌が見えてきました。現地説明会も行われ、近年注目の集まる遺跡ですね。ここでは、フレッシュな協力者“ガッキーさん”が皆さんを案内します。

 飛鳥川沿いを北上して、弥勒石に進みます。飛鳥の謎の石造物に数えられますが、今回はサポートスタッフ“つばき”が謎解きに挑戦します。木の葉堰や橋桁説だけではない案内で、皆さんをミステリーゾーンにお連れするのではないかと思います。

 次の案内ポイントからは、飛鳥寺西のゾーンに入ってきます。最初は、いわゆる槻の樹の広場です。現在も発掘調査が続いているのですが、その飛鳥寺西方遺跡や入鹿首塚の話を、再び風人が担当します。飛鳥寺の西門から境内に入り、まずサポートスタッフ“よっぱ”が、飛鳥大仏の見所をガイドし、その後、大仏を拝観したいと思っています。拝観後は、講堂跡から飛鳥寺北限まで進み、飛鳥寺域の大きさを実感してもらおうと思っています。

 飛鳥寺の北限に沿う道路を西に向かい、水落遺跡が次のポイントになります。再び“ガッキーさん”に登場していただき、我国最初の水時計「漏刻」について話してもらいましょう。

 石神遺跡の担当は、風人です。説明するのは大変な遺跡になりますが、現地を前にして地形などにも注目していただけばと思います。

 北上し広い東西道路に出た所で、山田道の案内を風人が担当します。旧ルートや新ルートの話を交えて、敷葉工法が用いられていることなども話せればと思います。最後のポイントは、奥山廃寺です。トリの案内担当は、三度登場の“ガッキーさん”を予定しています。どのような案内が聞けるのか、楽しみです。

 今回は、このようにポイント毎に案内担当が変わります。皆さんにもお馴染みのポイントを巡るわけですが、きっと新鮮な散策を体験していただけるのではないでしょうか。ご期待ください。
 次回咲読では、案内ポイントをもう少し詳しく綴って行こうと思います。









【3】 (13.8.23.発行 Vol.168に掲載)     もも

 第40回定例会の咲読に突如乱入する もも です(笑)。ウォーキングの回に咲読を書くなんてことは、ほぼないんですが、今回は、4個も寺跡に立ち寄るし・・・ということで、急遽の横入りの許可を取った次第です。(^^ゞ

 本当は、これらの寺跡を創建年代順に訪れるのがσ(^^)の密かな願いなんですが、そんな無駄な動きを事務局長が許してくれるわけもなく(笑)、第40回定例会では、川原寺跡、橘寺、飛鳥寺跡、奥山廃寺跡の順に訪れる予定にしています。どれも飛鳥ではお馴染みの寺跡ですし、両槻会でも幾度も訪れていますので、「今更ねぇ~」と思われている方もきっといらっしゃると思います。でも、寺跡って復元された土壇の見学だけで帰られる方も多いんじゃないでしょうか。寺跡は、それだけじゃあないんですよね。まずσ(^^)の希望は、寺域を目と足で少しでも体感すること。

 とは言っても、古代の寺院の敷地の広大さが体感できる場所は、文化財保護法が適用され電線も二階建て以上の建物がない飛鳥でもなかなかないんですよね。
 とりあえず目から体感できる場所としては、最初に訪れる川原寺跡が最適だと思います。寺跡のほとんどが史跡指定を受けていますので、だだっ広い場所に門や回廊、塔などの土壇が復元されていますし、中金堂の位置には弘福寺、境内から鐘楼跡が見つかった光福寺が現在跡地に存在していますので、各堂宇の位置を把握する助けになると思います。跡地からは、寺域北限も遥かに望めると思いますので、ここでは南北の広さを目で見て実感していただけたらと思っています。

 さて目の次は足。こちらは、飛鳥寺跡で体感していただけると思います。日本初の瓦葺き本格寺院として有名な飛鳥寺は、今は集落の中に埋没してしまっていますが、飛鳥大仏を有する安居院のほか、講堂位置に来迎寺、寺域内には法満寺が存在しています。集落内ですので、寺域を正確に歩くことは出来ないですが、南限も確認できますし、西門跡や北限塀が検出された道を通りますので、先に川原寺跡で確認した南北約300mの距離を実際足で感じてみてください。(ちなみに、飛鳥寺は南北約300m、川原寺は南北約330mの寺域を持っていたとされています。)

 橘寺は、幾度もの罹災と再建を繰り返しつつ、今も法灯を護り伝えているお寺ですので、なかなか古代の遺構の全面解明とはいかないようです。が、この夏の「大和を掘る31」で、興味深い報告がされたようです。今回検出されたのは南北溝だけで、門跡や塀跡など寺域を区切る施設は見つかっていないんですが、この南北溝が寺の東限に関わる可能性があるんだそうです。溝の付近に「東門」と呼ばれる小字(コアザ)が二つ、そして同じように西側にも「西ノ門」や「門前」と呼ばれる小字が存在しています。唯一検出されている北門の付近に「北門」や「北ノ門」という小字が存在することを考えると、東西に残るこの小字がそれぞれの門の位置を緩やかに示している可能性も少なくないと思います。橘寺は、東に飛鳥川を控えていますので、現在の東門との間に古代の東門があるのは確実でしょうしね。また西側には両槻会の埋もれた古代を訪ねる1・2などで訪れたこともある2mにも及ぶ盛土による整地の痕跡(橘寺旧境内遺跡)がありますので、σ(^^)はこの辺りまで橘寺の寺域であった可能性もあるように思います。

 また、橘寺の北門は川原寺に合わせて奈良時代に整備されたとされています。川原寺から橘寺へ向かう時に渡る道路(県道多武峰見瀬線)とほぼ同様の東西道が、7世紀中ごろには既に存在していたことが分かっています(位置は南に少しずれます)。この東西道は、約1.5km分が検出されていて、そのうち700mが直線だったんだそうです。この古代道の西には、3月の第38回定例会で訪れた古代道路の交差点跡「川原下ノ茶屋遺跡」があります。ポツンポツンと調査されているかに思える遺跡や遺構がこうして繋がっていくから楽しいんですよね。(^^)

 寺と道と言えば、飛鳥寺の北限も西で水落遺跡に繋がる竹田道だとされていますし、奥山廃寺の南限も山田道付近まで伸びていた可能性もあるようです。

 まだまだ、橘寺と川原寺の共通点や伽藍の向きと道や飛鳥京との関係、寺院内の主要堂宇ではない施設のことなど、あ!勿論瓦もご紹介したかったんですが、文字数の限界が(>_<)。ホント、要点をまとめるのが下手ですいません。定例会では、川原寺と橘寺の案内担当になっていますので、残りは定例会当日ということで。m(__)m 楽しみにしていてくださいと言えるように、今から予習と練習を頑張っておきます。(^^ゞ
 第40回定例会は、只今参加者募集中です♪






【4】 (13.9.6.発行 Vol.169に掲載)    風人

 第40回定例会の咲読も最終回です。今回は、風人に担当が戻ってきました。前号の咲読は、川原・橘両寺の説明担当“もも”の頑張りますという決意表明であったと思います。(笑) 川原寺を訪ねても寺域の奥にある講堂基壇までは、なかなか入って行かないですよね。さらにその奥となると・・・。今回は、金堂や搭以外の堂宇の基壇や僧坊跡とか白瑪瑙と言われる礎石などを見ていただけると思います。

 今号では、それ以降のポイントについて、風人の決意表明です。(笑)まず、飛鳥宮跡です。三層四期に重層しています! 一番上は天武・持統天皇の飛鳥浄御原宮です! 実は、これまでは私もそのような説明をしてきました。しかし、前号の“あい坊”先生の寄稿では、舒明天皇の飛鳥岡本宮の跡だとされる遺構群に疑問が投げかけられました。また、橿考研の飛鳥京跡第171次調査では、大規模造成の痕跡が飛鳥浄御原宮の内郭北東部で発見され、それに伴い従来の飛鳥京II期の宮殿 飛鳥板蓋宮の推定宮域に疑問が生じてきました。発掘調査が進んでいるはずだった飛鳥京跡も、まだまだ分からないことが多く有ります。私達も、分かったようなつもりになっているだけなのでしょうね。今回の案内では、そのような点も話したいと思っています。もちろん、第III期遺構に関しては、現地で細かく指差して遺構の在り処を具体的に指し示したいと思っています。

 飛鳥京跡苑池遺構は、ガッキーさんの案内です。只今、第8次調査が行われており、南池の西北護岸や中島付近の様子が明らかになると思われます。前回の調査では、石造物群への導水施設である石組暗渠が検出され、池中の石造物への導水方法が新たな疑問を投げかけました。一つ分かると、また一つ疑問が出てきます。だから飛鳥は楽しいのですよね!

 飛鳥の東に聳える藤本山(岡寺山)を借景にして、大石を積み上げた3mもある東護岸を見上げた現説が思い出されます。苑池の西護岸付近まで案内をしますので、皆さんにもそのような光景を思い描いていただければと思います。

 飛鳥川沿いに移動して、次のポイント弥勒石に向かいますが、その途中に見ておいていただきたいのが木の葉堰です。飛鳥川から飛鳥寺西方へ、さらに北方天香具山周辺へと用水を引くための井堰なのですが、この木の葉堰は若干の場所の違いはあるかも知れませんが、飛鳥時代から存在したと考えられています。弥勒石は、飛鳥川の水中から引き揚げられたとの伝承があることや形状などから、この井堰に使われた石材の一部ではないかとする説が有ります。他にも条理の範囲を示すものとする説などが有りますが、今回は井堰や用水の開発という視点からの案内を“つばき”が行います。

 飛鳥寺西方遺跡から、飛鳥寺跡に入ります。ここでは、“よっぱ”が、仏像や初期仏教を中心に案内をする予定です。今回は現地には行けませんが、東南禅院に関しても説明があることでしょう。三蔵法師の弟子道昭や法相宗などというと、面倒な話しかと思われるかも知れませんが、分かりやすい説明と資料がありますので、どうぞご期待ください。そうそう!今回は両槻会として、初めて堂内の拝観・見学も予定しています。

 水落遺跡は、ガッキーさんの再登場です。両槻会でも大変お世話になった先生が調査を担当されており、その時に発見された地中梁検出の顛末や、最新の研究成果である銅管内の成分分析などの説明もあると思います。そこから見えてくる意外な真相とは! 両槻会では、今までになかった視点ですね。

 また、飛鳥寺西方遺跡や石神遺跡、また阿倍山田道では、風人が案内に立ちますが、来年の1月定例会「飛鳥寺西をめぐる諸問題」 講師 明日香村教委 相原嘉之先生の回に先行する形で、飛鳥寺の西方から北方に掛けての一帯の話をしてみたいと思っています。区切られた一つ一つの遺跡として見ることももちろんですが、それぞれの遺跡は関連を持っています。飛鳥時代100年の土地利用の流れの糸口や、ほんの少しですが1月の予習になる話が出来ればと思っています。

 最後は、奥山廃寺をガッキーさんが担当します。現存する塔基壇や本堂下の金堂跡などから、奥山廃寺の謎に迫ってくれると思います。寺域北東部の井戸から出土した土器から、この寺跡を小墾田寺と考える説などの紹介があると思います。そこからは、歴史の真実の一端を垣間見ることになるかも知れません。

 今回のウォーキングを一番楽しみにしているのは、私かも知れません。いままで、自分の視点だけで見てきたものが、説明担当が変わることによって、初めて知ることや取り上げ方の違いを楽しめるからです。

 申し込み締め切りが迫っていますが、どうぞ皆さんも新鮮な「飛鳥ど真ん中」をお楽しみください。申し込みをお待ちしております。

 第40回定例会の咲読は、今回が最終回です。
 次号からは、講師 奈文研 青木敬先生をお迎えしての主催講演会「飛鳥時代の土木技術」についての咲読が始まります。ももが主担当になりますので、ご期待ください。








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