1枚目の写真は、細川の冬野川に架かる橋付近から上居・祝戸方向を撮られたものです。2枚目は、阪田を走る道路から稲渕の棚田を捉えておられます。6月らしい写真ですね。らいちさん、ありがとうございました。
引続き、飛鳥の写真を募集しています。四季折々の飛鳥をご紹介ください。
さて、事務局では第28回定例会(9月)の予定をぼちぼち発表しなくてはならないのですが、第28回は趣向を変えて実施したいと思っています。
皆さんからのご要望もありました「埋もれた古代を訪ねるpart2」が出来ないかと、只今鋭意企画中であります。
風人にとりまして、この「埋もれた古代を訪ねる」という企画には思い入れがあります。明日香村を訪ねて来られる方々の中には、懐かしい村里の自然環境が残っていて良い所だと仰る方と、飛鳥時代の物が地上に残っていないのでせっかく来たのに分かりにくいと仰る方が居ます。どちらもその通りだと思います。飛鳥には、魅力的な飛鳥時代という歴史が埋もれていますが、地上に残る物は僅かな断片でしかありません。そこからクロスワードを解くように、また推理小説を読むように、ドラマティックでダイナミックな我国誕生の歴史を読み解いていくのが面白いのですが、そこにたどり着くためには、ある程度の歴史的な知識と地上には見えない歴史遺産の概要と在り処を知ることが重要になってきます。
埋め戻された重要な遺跡を巡ることを思いついたのは、両槻会の誕生とほぼ同時でした。第2回定例会で実施したウォーキングでは、田んぼを前に説明する私達に奇異の目を向けられる観光客もありましたが、本当に面白いものは地下にあります。標識も説明板も無い田んぼの下に重要な物が眠っているのが飛鳥なのです。それを知っていただければ、もっと飛鳥が面白くなると風人は思っています。両槻会が、そのような飛鳥の魅力を皆さんにお伝え出来る一番の企画が「埋もれた古代を訪ねる」ではないかと思います。
また、飛鳥では、秋に「彼岸花祭り」と「飛鳥光の回廊」という大きなイベントが同時開催されます。両槻会事務局は「飛鳥光の回廊」飛鳥資料館会場のお手伝いをするのですが、これに合わせて定例会を実施する方向で検討をしています。
彼岸花ウォーキング「埋もれた古代を訪ねる」と「飛鳥光の回廊」の企画をお楽しみにお待ちください。近日中にお知らせできる予定です。
【7】 「文化財レスキュー事業を応援」
(11.6.24.発行 Vol.110に掲載)
ぐずついたお天気が続いています。この時期は、体調を崩す方も多いようですが、皆さん、お元気にされていますか? 健康管理に気をつけてくださいね。(^^)
飛鳥遊訪マガジンでは、飛鳥の写真を募集しています。その呼びかけに応えて、菫さんが投稿をしてくださいました。
明日香村入谷の写真です。雨に霞む山里の風情ですが、左下に見えているのが旧道芋峠道小峠の取り付き付近のようです。
明日香村阪田から上居(じょうご)の方向を撮られた写真です。
撮影日は5月29日ということです。生憎の大雨だったようですが、写真を拝見して、雨もまた良し♪と思った風人です。
さて、3月11日に発生しました東日本大震災と大津波から100日を超える時間が経過しました。しかし、今尚、多くの人達が辛い生活を余儀なくされています。ここに、お見舞いを申し上げると共に、私達も出来る限りの支援を忘れてはならないという思いを新たにしたいと思います。
皆さんは、文化財レスキューという事業をご存知でしょうか。この災害によって、文化財もまた多くが失われ傷付きました。現在、被災文化財の保全・救出・応急処置等を行う目的で、文化庁を中心にして文化財レスキュー事業が展開されています。
東北地方太平洋沖地震被災文化財の救援と修復に協力を (文化庁長官メッセージ)
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/tohokujishin_kanren/chokan_message.html
奈良県では、先日、その事業をサポートする目的で「文化財レスキュー応援せんと!」実行委員会が設立されました。詳しくは、こちらをご覧下さい。
http://narasento.com/
両槻会ならびに飛鳥遊訪マガジンでは、この事業及びその活動をご紹介することにより、継続して支援をして行きたいと思っております。膨大な時間と費用を必要としますが、文化財もまた救わなければならない国民共有の財産であると思います。
読者の皆様にも、文化財レスキュー事業へのご理解・ご支援をお願いいたします。
現在、募金箱が設置されている場所をご紹介します。
奈良国立博物館、奈良文化財研究所平城宮跡資料館、藤原宮跡資料室、
飛鳥資料館、平城宮跡第一次大極殿
募金箱の設置が予定されている場所
元興寺、奈良教育大学、奈良県立美術館、奈良県立万葉文化館、
奈良県立橿原考古学研究所附属博物館、天理大学附属天理参考館
また、寄付金の送付・振込み等の受付も行われています。下記までお問い合わせください。
文化財レスキュー応援せんと!実行委員会事務局
(奈良文化財研究所研究支援推進部内)
〒630-8577
奈良市二条町二丁目9番1号 奈良文化財研究所内
TEL0742-30-6715
FAX0742-30-6730
URL
http://narasento.com E-mail
office@narasento.com
両槻会では、出来る範囲での協力として、次回第27回定例会の経費分担金としていただきます参加費のほぼ全額(必要最低限の経費分を除く)と、事務局の活動準備金を合わせまして、この事業への寄付金とすることに致しました。参加をお申し込みの皆さんには、どうぞご理解をいただき、ご了解を下さいますようにお願い申し上げます。
【8】 「飛鳥の邸宅」
(11.7.8.発行 Vol.111に掲載)
暑い日が続きますね! 6月の末には、飛鳥でも35℃などという真夏並みの気温になりました。節電節電!となにかとうるさい夏ですが、熱中症には気をつけなければいけません。奈良では、先日亡くなられた方がいました。特にお年寄りや子供さんには、注意が必要ですね。なんとか涼しくなる工夫をして、元気にこの夏を乗り切りましょう。
明日の定例会には、熱中症対策を充分にしてご参加くださいね。散策から参加していただく方は、決して無理をされないようにお願いします。
さて、その第27回定例会ですが、事務局では皆さんと充実した一日を過ごせるように準備を進めてきました。後は、本番を待つばかりなのですが、咲読に盛り込めなかった点を時遊録のスペースを使って、少しお話をしたいと思います。
嶋宮は、皇太子草壁皇子の東宮だったと考えられています。また、それ以前に、二人の嶋皇祖母命(しまのすめみおやのみこと)が、嶋宮に住まいしていたことが推測されています。では、他の皇子達や皇族・重臣の邸宅はどうでしょうか。今回の講演会でもお話があると思いますが、予習として簡単に触れてみたいと思います。
講師 相原先生は、東橘遺跡の廊状建物を中大兄皇子の宮の一部ではないかと考えておられます。面白いお話です♪ 『日本書紀』では、中大兄皇子が邸宅を嶋大臣の家と隣り合わせに建てたことが、当時流行った謡歌(わざうた)の解釈として書かれています。飛鳥板蓋宮の真南に在るこの建物は、単に貴族の邸宅や役所だとは考えにくく、飛鳥時代のもっとも有名な事変「乙巳の変」の中心舞台の一つであった可能性が高いと考えられるようです。遺構の時期は合致するのか、遺物はどうなのか、講演会でじっくり聞いてみましょう。
他にも、相原先生は、飛鳥浄御原宮内郭の北側で検出された大型掘立柱建物が、皇后宮であった可能性を指摘されています。
また、両槻会でお世話になっております帝塚山大学の清水昭博先生が、有間皇子の邸宅が軽衢(かるのちまた)丈六遺跡付近に在ったのではないかとの新説を発表されています。これも興味深い推論ですので、機会があれば両槻会でもお話をお伺いしたいものですね。
邸宅跡の発掘調査で住人が確定出来た事例は、残念ながらありません。
島庄遺跡や甘樫丘東麓遺跡でも、庇付き正殿クラスの建物跡は未検出なのです。
しかし、万葉集の歌に詠まれる地名や情景から、高市皇子の香具山宮の可能性が高いと言われる香久山の西麓(奈文研調査部下層)や、雷丘付近に在ったとされる忍壁皇子の宮(雷丘北方遺跡か)、また、舎人皇子は細川周辺に、弓削皇子は南淵山周辺に、そして、新田部皇子は八釣山周辺(竹田遺跡か)に宮を構えたのではないかと推測されています。
逆に、邸宅遺構が検出されている事例を見てみると、飛鳥資料館近くの「奧山リュウゲ遺跡」、甘樫丘の最も西端の支尾根上にある「五条野内垣内遺跡」・「五条野向イ遺跡」、大原神社付近の「小原宮ノウシロ遺跡」や「東山マキド遺跡」の建物跡(中臣氏関連? 五百重娘邸?)などがあります。さらに、名前の書かれた木簡の出土から、穂積皇子の宮が香具北麓周辺(横大路・中ツ道交差点付近)に在ったのではないかと考えられるようです。
このような皇子達の宮についても、相原先生にお話をいただけると思いますので、どうぞお楽しみにお越しください。また、ご参加いただけなかった読者の皆さんには、後日、定例会レポートとしてお伝え出来るかもしれません。
【9】 「川原寺裏山遺跡の再発掘調査」
(11.7.22.発行 Vol.112に掲載)
暑いですねぇ~! もう、それしか言えません。体温に近い気温が続きますね。日中、外など歩いていると目がくらみそうです。男でも日傘が欲しいと思う、今日この頃。
まっ、そんなことばかり言っておれませんので、飛鳥の最新情報などもお伝えしたいと思っています。
その前に、ご報告です。第27回定例会は無事に終了することが出来ました。講師を務めてくださった相原先生、ご参加の皆さん、ありがとうございました。3時間に及ぶ講演になりましたが、丁寧なお話の展開で飽きることなく聞き入りました。嶋宮をめぐる様々な問題を学ぶことができ、また一つ深い飛鳥の魅力を知ることが出来ました。
また、両槻会では、第27回定例会の経費分担金としていただいた参加費から必要最小限の経費を引いた全額に、参加者からの寄付金と事務局からの活動準備金を加算しまして、合計25,000円を文化財レスキュー事業に寄付致しました。ご協力に感謝いたします。
さて、定例会の前日(8日)、明日香村教委は、川原寺裏山遺跡の再発掘調査の結果、川原寺の堂内を飾った塼仏などが納められていた穴の形と正確な大きさが判明したと発表しました。埋納坑は、楕円形(長径約4m、短径約3m、深さ約2m)で、新たに塼仏の破片約70点を含む数百点の遺物が出土したそうです。(出土品は2011年7月9日~31日、明日香村埋蔵文化財展示室で公開されています。))
両槻会では、ウォーキングの折、川原寺裏山遺跡の近くを度々通りましたので、ご記憶の方も多いと思いますが、遺跡の所在地は、板蓋神社の西方の竹薮の辺りになります。
川原寺は、鎌倉時代に焼失しますが、9世紀にも大火災に遭っており、再建に向けて壊れた仏像が集められ、北西の山裾に埋められました。それが川原寺裏山遺跡です。過去の調査では、埋納坑から見つかった方形三尊塼仏は千数百点、塑像は数百点に及び金銅製金具など仏教関連の遺物も出土しました。遺物は、火災による熱を浴びている物がほとんどだったようです。
川原寺は7世紀中頃、斉明天皇の菩提を弔うため天智天皇が建立したと言われますが、創建や建立経過などについては、ほとんど史料もなく謎の部分が多く残っています。川原寺についての確実な史料は、『日本書紀』天武天皇2(673)年の条になり、天武朝に大寺院として存在していたことが分かります。飛鳥寺などと並び四大寺に数えられましたが、9世紀に大火災に遭ったようです。また、建久2(1191)年に興福寺の使僧が川原寺焼失を上申した記録があります。この火災は大火災となり、伽藍全体に及んだようです。
埋納坑から出土した塑像には、如来形・菩薩形・天部等の破片や部位があり、丈六仏の断片らしい指や耳の破片、また多量の螺髪も出土しています。出土したものの中でも、特に天部の頭部の塑像断片や八部衆の迦楼羅と考えられている像は、美術的にも価値のあるものだとされています。
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明日香村埋蔵文化財展示室 2007年の展示会より |
風人は、以前からこの遺跡から出土した「涙を流す迦楼羅像(鳥頭塑像片)」が好きでした。像の目に嵌め込まれたガラスが大火に溶け、あたかも涙を流しているように見えるのです。ただ、この鳥の頭部を持った像は、獣頭人身の十二支像であるという説もあります。飛鳥資料館の加藤真二先生は、出土品の中には馬(午)の頭部を示す破片もあるとされて、キトラ古墳に描かれたような獣頭人身の十二支像の可能性を指摘されています。興味は尽きませんね♪
【10】 「夏の企画展」
(11.8.5.発行 Vol.113に掲載)
まず、初めに、新潟県を中心にした大雨の被害に遭われた皆さんに、お見舞いを申し上げます。被害が少しでも軽く、一日でも早い復旧を願っております。
前号で「暑いですねぇ~! もう、それしか言えません。」と書いたとたんに涼しい夏になりましたが、今週からは暑い夏が戻ってきそうです。夏は、夏らしいのが良いかと思うのですが、節電の夏には若干涼しい方がありがたく思います。
さて、8月の飛鳥は、がらがらです。好き好んで炎天下に訪れる方も少ないのか、真神原も人影がありません。風人は、そんな飛鳥が好きで昔はよく歩いていたのですが、近年は我が身可愛さのあまり歩くことも少なくなりました。しかし、元気な皆さんは、この時期の飛鳥はお勧めなのです。人が写らない石舞台の写真など、この時期にしか撮れないですものね。また、飛鳥資料館や橿原考古学研究所附属博物館などの夏の展示会も見どころの一つです。ゆっくり観覧する良い機会ではないでしょうか。
飛鳥遊訪マガジンの飛鳥情報コーナーでもお知らせしましたが、飛鳥資料館では夏期企画展として「鋳造技術の考古学‐東アジアにひろがる鋳物師のわざ‐」が、8月2日から始まりました。両槻会では、第3回定例会として、当時の学芸室・展示企画室長の杉山洋先生に「海獣葡萄鏡について」と題して講演をしていただき、その折にも鋳造技術などについても学びました。今回の展示にはそれらに関連する「海獣葡萄鏡鋳造実験資料」などもあるとのことですので、風人は、是非見学して復習できればと思っています。
参考資料:
第3回定例会
一方、橿原考古学研究所附属博物館では、恒例となりました「大和を掘る」が始まっています。今回で29回目となり、2010年度に奈良県内で行われた発掘調査の内、36の調査成果が展示されています。飛鳥地域だけに限定しても、植山古墳、菖蒲池古墳、牽牛子塚古墳、越塚御門古墳、甘樫丘東麓遺跡、檜隈寺周辺の調査、飛鳥京苑池、飛鳥京跡第168次、同第167次、同第163次、大藤原京右京十二条五坊・丈六南遺跡・下ツ道、川原寺裏山遺跡があり、盛りだくさんの内容になっています。また、発掘を担当された先生方の中には、両槻会の講師や飛鳥遊訪マガジンの執筆を始めとして、様々なご支援を頂いている先生が居られます。秋津遺跡第3次の岡田雅彦先生、檜隈寺周辺の調査の石田由紀子先生、飛鳥京跡第168次・七条西浦近世墓地・秋津遺跡3次の大西貴夫先生、巨勢山773号墳・南田原ミヤケ遺跡の奥井智子先生です。先生方との繋がりを感じると、担当された遺跡にもより親しみを持って成果を見学することができます。皆さんにも、そのように思っていただき、展示をご覧いただければ幸いです。